強い人になるには学びが必要【何もせずに強い人なんてそうはいない】

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世の中にはいろんな人がいる。

“ああ言えばこう言う”人もやっぱり多く存在する。

“自称ひねくれ”の自分がいうのもおこがましい話ではあるがやっぱりいる。

しかし、どうも僕とはひねくれのベクトルが違うようだ。

「どうせひねくれるなら前向きにひねくれたらいいのに」と思うのだけれど、その思いはもはや届く気がしない。

悲しいことに。

それでも発信したいからこうして懲りもせずに思いのまま書いている。

少しでも気づきがあれば幸いだ。

純粋に学ぶ人こそ強くなるのだということをエピソードを交えて言っておきたい。

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強い自分を構築するには

昨年末のことだ。地元秋田の友達から着信があった。

忘年会のお誘いだった。

久しぶりの連絡でとても嬉しかった。

しかし当時僕は、長野県の山ノ内というなかなかの辺境にいた。

温泉に入るお猿さん、”スノーモンキー”などで有名な地域だ。

だから参加できるはずもなく、わいわい楽しそうな雰囲気を通話から耳で感じとるだけにとどまった。

越してきたばかりの地域での生活や仕事に集中していたため、初めて年末を感じた数分間だった。

自分で好きで選んだ道とはいえ、一瞬切ない感情が生まれたのである。

「俺はこんなところにまで来て何やってんだろう」

とさえ思った。

でもすぐに切り替えた。

こんな辺境に来ても、今後またさらに遠くへ行ったとしても、会いたいと思える人がたくさんいるということに喜びを感じたからだ。

どうせなら成長して誇れる自分になってから会いたいと思える人もいる。

弱音を吐いているほど暇ではないはずだった。

そんな自分への戒めも込めてこんなツイートをした。

するとこちらの意図が全く伝わっておらず、

「つらいと言ってはいけないのか」「つらいくらい言わせてくれ」的な意見がちらほら出てきた。

そう、“ああ言えばこう言うタイプ”である。

「何もせずになんとなく生きてていきなりここまで悟れるわけないだろ!!」と言いたくもなったが抑えた。

国際ジャーナリストの落合信彦氏が、息子の落合陽一氏(幼少期)に対して言い放った言葉を思い出した。

「ニーチェを読んでないやつとは話ができねぇ」という斬新な言葉だ。

『週刊プレイボーイ』で短期集中連載中、“現代の魔法使い”落合陽一の「未来教室」。最先端の異才が集う最強講義を独占公開! 「筑波大学未来教室」の最終回は、これまでホスト役を務めていた“現代

さすがにニーチェを読めとまでは思わないが、共感した。

そりゃあ、感傷的になる方が楽な時もある。その時だけは。

でもそれで何かが根本的に解決することはない

むしろ弱い自分、暗くて控えめな自分でいるのが癖になってしまうだけだろう。

「誰かに傷つけられたくないが故に自ら傷つけているような状態」だ。

一昔前の自分もそういうタイプだった。

ある意味、バンド活動の原動力にはなっていたと思う。

創作活動をする人にとってはプラスになりうるかもしれない。

しかし、普通に生活する上では厄介である。周りを巻き込むこともある。

そんな状態にどう対処すればいいのか?

大まかに言えば視野を広げることが重要だ。

視野が狭いから悩むのか、悩んでいるから視野が狭くなるのか。

どちらにせよその負のスパイラルから抜け出せなくなることはよくある。

視野を広げる方法としてやはり本を読むことや旅に出ることを薦めたい。

運動を初めてもいいし、森林浴なんかもいいと思う。

ありきたりだが、そういう手段を調べて素直に実践する人はそう多くない。

ただ本に書いてあることの真似をしろとか受け入れろと言っているのではない。

「こういう考え方もあるんだ〜へぇ〜」

くらいでいいから学習体験を積み重ねることが大事。

今あなたを悩ませている思考パターンから少しずつ離れていこう。ワープはできない。

もうこのブログでこういうこと言うの何回目だよって感じだけど、、これで少しは変われたんだから何回でも言うつもりだ。

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とにかく、「何も行動せずに揶揄する側にはなりたくないよねぇ」というお話でした。

ではでは。